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東京家庭裁判所 昭和56年(家)4081号 審判

申立人 甲野花子

申立代理人弁護士 金住典子

同 田中峯子

同 石井小夜子

相手方 甲野太郎

相手方代理人弁護士 木内俊夫

同 鈴木淳二

主文

申立人の本件申立を却下する。

理由

申立人は昭和五〇年一一月二六日、相手方に対し、別居した昭和五〇年一月二九日以降、一ヶ月金一〇万円宛の婚姻費用分担金の支払を求める調停を申立てた。

相手方は、調停手続進行中一時期、任意に婚姻費用分担金の支払をしたが、其の後支払わず、調停の合意に至らなかったので、昭和五六年一二月一五日、調停は不成立となって本件審判手続に移行した。

一  申立人の主張

相手方は申立人に対し、別居した日である昭和五〇年一月二九日以降離婚の日である昭和五七年三月四日までの間の未払婚姻費用分担金一、一七〇万円、あるいは四九〇万円、また少くとも四一五万円を支払えとの審判を求めた。

二  申立の実情の要旨

1  申立人と相手方は、昭和一四年四月二六日に婚姻し、その間に長女夏子、長男一郎、二女秋子をもうけた。長男、二女はそれぞれ婚姻して他に世帯をもち、申立人と相手方は未婚の長女夏子(昭和一四年三月一〇日生)と共に相手方所有の建物に同居していた。相手方は昭和四四、五年頃からキャバレーのホステス戊田松子と不貞行為に出て、外泊する等家庭を顧みなくなったので、申立人は相手方との同居に耐えられず、昭和五〇年一月二九日相手方の許を出て、アパートを借りて別居した。同日夏子も申立人と共に家を出て申立人と同居している。

2  申立人は無職無収入で身体障害者の長女夏子と同居しているが病弱で通院治療をしており、その生活費として月額一三万円(昭和五四年八月当時)以上を要する。相手方は自分の経営する甲野自動車株式会社(以下単に会社という)の代表取締役として、年額三二四万円の給料を得て、また所有居住する建物の一部を会社に営業所として賃貸して、賃料年額一〇八万以上を得ている。相手方はその所有建物二階に住み、ガス、電気の諸費用は会社負担として生活している。

3  そこで申立人は、相手方に、婚姻費用の分担金として生活費の支払を求め、本件申立と同時に長女夏子も相手方に対し、扶養料として一ヶ月一〇万円の支払を求める調停を申立てた。

相手方は申立人及び夏子との調停手続進行中、昭和五一年中の調停期日に、申立人と長女夏子の生活費として金一三万円宛支払うことを約した。またその後の調停期日には月額一二万円宛支払うことを約束した。しかるに相手方は昭和五一年二月から昭和五五年二月までの間一三万円ないし五万円宛合計五三〇万円を支払ったが、昭和五五年三月以降は全く支払わない。

4  申立人は、相手方及び戊田松子に対し、不貞を理由として東京地方裁判所に離婚及び慰藉料等請求訴訟を提起した。東京地方裁判所は離婚を認容すると共に相手方に対し申立人に慰藉料金四〇〇万、財産分与金五〇〇万円の支払を命じ、戊田松子に対し申立人に慰藉料金一〇〇万円の支払を命じた。申立人が控訴した結果、控訴審で、財産分与額を八〇〇万円増額して、一、三〇〇万円とする旨の判決がなされた。

控訴審判決は上記財産分与額の増額認定するについて財産分与の額等を定める事情として、婚姻費用の支払状況を斟酌しているようにも見えるけれども、抽象的であり、結局具体的にはいくらも斟酌されていない。すなわち相手方の未払婚姻費用分担額は、月額一三万円或いは一二万円として計算すると離婚の日までで合計金一一七〇万円或いは八三〇万円となる。

控訴審で増額認定された財産分与額は金八〇〇万円であるから、この内で婚姻費用分担金未払分が斟酌考慮されたとしても幾許でもない。

相手方は申立人に申立人主張のとおりの未払婚姻費用分担金を支払うべきである。

三  相手方の主張

相手方は申立人の本件申立は却下されるべきものであるとして要旨次のとおり述べた。

1  婚姻費用分担請求権は、離婚によって消滅するものであり、相手方と申立人は昭和五七年三月四日離婚判決の確定によって離婚したから、申立人は相手方に対し、もはや婚姻費用分担金請求をすることは出来ない。

2  かりに離婚後も過去の婚姻費用分担請求が出来るものとしても、離婚に際し過去の婚姻費用分担の態様も財産分与の額及び方法を定める当事者双方の一切の事情の一つとして考慮され、財産分与を定められたほかに、さらに別途に過去の婚姻費用の分担を請求することは許されない。

本件当事者間の離婚訴訟において、東京高等裁判所は、相手方に財産分与として金一、三〇〇万円を申立人に支払うべきことを命じた判決をしたが、この財産分与の額、方法については申立人と相手方が婚姻中協力して蓄積した財産の有無、額のほか、相手方の収入、申立人への生活費の支払状況等一切の事情を考慮して認定している。

したがって本件当事者間の過去の婚姻費用の分担ないし償還も財産分与金一、三〇〇万円の定められたことによって清算されたものである。

なお東京高等裁判所は、昭和五六年一二月一七日、口頭弁論を終結したうえ財産分与について判決し、上記のとおり財産分与を定めるにつき一切の事情として過去の婚姻費用の分担の事情を考慮して認定したものであるから、その後過去の婚姻費用分担の請求をすることは既判力の効力に反するから許されない。

3  なお、申立人は相手方と別居した昭和五〇年一月二九日から、相手方が申立人にその生活費を分担支払いしはじめた昭和五一年二月二四日の前日までの申立人の所要生活費を、相手方が支払うべき婚姻費用分担未払金として請求している。しかし、申立人は、相手方の許から別居するに際し、一、〇〇〇万円を超える預貯金、公社債等を持って出ているものと推測される。すなわち、申立人は相手方の許から別居し、本件調停申立の後までもその所在を相手方に知らせず、申立人の生活状況、預貯金等申立人が別居の際持って出た財産の額も相手方には不明であったが、申立人が別居した後相手方に残された預貯金は殆んど無い状態であった。

申立人が相手方と別居する以前五、六年間は、相手方の経営する会社の業績は最も良好な時期で当時会社から相手方の給料二七万円、家賃七万円、申立人の監査役としての給料一〇万円が支払われ、この申立人と相手方の月額合計四四万円の収入は、すべて申立人が受領して会社及び家庭の収支経理に当っていたのであった。そして当時申立人と相手方の生活費は多く見積っても一ヶ月二〇万円位であったから、少くとも一ヶ月二〇万円程度の預蓄が可能であり、四、五年間には一、〇〇〇万円を超える預貯金があったものと推測されるのである。

したがって申立人の別居後分生活費の分担を相手方に求めるのは不当である。

4  相手方は、申立人が別居後間もなく胃潰瘍を患い、昭和五四年一一月二〇日国立ガンセンターに入院して同年一二月四日胃切除手術を受けた。その頃、自動車整備、修理業界は一般に景気低下傾向にあり、相手方の会社も業績不振を来していた。そこで相手方は、本件調停において、調停委員会の勧告にしたがって申立人に一ヶ月一〇万円ないし一三万円の生活費を支払うことを約したが、これは健康上、また会社の業績不安からして一定の生活費分担を調停合意する自信はなかったため、上記の金額を支払うよう出来る限り努力することを約したものであった。その後会社の経営は赤字が増加し、相手方への給料、家賃の支払も遅滞する状況となり、相手方は申立人への送金額を減額し、また停止せざるを得なくなったものである。

昭和五七年二月当時における会社からの給料、家賃の未払分は九ヶ月分となり収入は減ったものの、相手方は所得税、都区民税、固定資産税、都市区画税、火災保険料の支払を要するほか自らの単身生活上、電気、ガス、水道等の各料金及び医療費の支払いも必要とし、申立人の生活費分担の余力は無い。

以上のとおり述べた。

四  当裁判所が認定した事実

本件記録及び当庁昭和四八年家イ第一九号夫婦関係調整調停事件、昭和五六年家第六五六一号扶養審判事件(申立人甲野夏子、相手方甲野太郎)各記録にあらわれた全資料を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  離婚に至るまでの経過

1  申立人は大正九年一月五日生、当六三才で、相手方は大正二年一〇月二六日生当六九才であり、昭和一四年四月二六日婚姻し、その間に長女夏子(昭和一四年三月一〇日生、当四四才・未婚)のほか長男一郎二女秋子の三子をもうけた。長男一郎は昭和四四年、二女秋子は昭和四〇年にそれぞれ婚姻し、他に世帯を持ち、その後は申立人、相手方、長女夏子の三人家族であった。

相手方は申立人と婚姻前から自動車修理等の仕事に就いていたが、昭和二八年頃、現住地に土地を賃借し、作業所兼居宅を建て、同所で自動車整備、修理業を自営し始め、昭和四二年一月、これを会社組織として甲野自動車株式会社を設立し、代表取締役となり、所有の建物の一部を営業所として会社に賃貸して同所で事業を経営し、現在に至っている。

申立人は相手方と婚姻以来家事、育児に当り、また相手方が自動車整備業を自営するようになってからは、金銭の収支など経理事務の一部を担当して相手方を助け、相手方の事業が会社組織となった後は、監査役となって集金伝票の処理、取引先との小切手、現金の授受等経理の一部を担当した。

申立人と相手方の同居中、その家計は相手方が会社から受ける給料月額二七万円、営業所賃料月額七万円、及び申立人が監査役としての給料月額一〇万円合計四四万円を申立人が会社から受領して、一切の収支管理を行い、相手方は必要に応じ申立人から月一、二回一万円ないし五万円宛位の小遣を受け取って使うのを常としていた。

2  ところが、相手方の事業及び生活が安定するにつれ、相手方の飲酒、外泊等が多くなり、申立人は昭和三六年頃子ら三人を連れて家出し、三ヶ月余で相手方に連れ戻されることも生じた。相手方は昭和四四、五年頃からキャバレーのホステスであった戊田松子と不貞行為をもつようになった。申立人は昭和四五年中に当裁判所に相手方との離婚調停(当庁昭和四五年家イ第一四五三号)を申立てたが、相手方が調停期日に出頭せず、また相手方の外泊がちだった素行もやゝ納まったため、申立人は調停申立を取下げた。しかし、その後また相手方は外泊を続け、戊田松子との不貞行為も止まないので、申立人は昭和四八年一月再び相手方と同居のまゝで離婚調停を申立てた(当庁昭和四八年家イ第一九号)。しかし相手方は前回同様調停期日に一回も出頭せず、また申立人も当庁が家庭裁判所調査官による相手方の出頭勧告、調整等の措置をとることには反対の意向を示したため、結局、再度の調停も相手方意向も不明のまゝ昭和四八年五月二日調停不成立に終った。

3  その後申立人は昭和五〇年一月二九日、長女夏子と共に、相手方現住の建物から出てアパートを借りて別居し、以後その所在を相手方に明らかにしなかった。

申立人が相手方と別居するに至ったのは、相手方の戊田松子との不貞、外泊により申立人としては相手方との同居、婚姻を継続し難い情況となったためであった。

4  申立人は昭和五〇年一〇月、東京地方裁判所に相手方に対する本件建物処分禁止仮処分を申請し、その決定を得た。そして翌年昭和五一年一月同裁判所に相手方及び戊田松子を被告として離婚及び慰藉料等請求訴訟を提起した。

5  其の後、申立人は、同年一一月二六日、当裁判所に相手方に対して、別居後一ヶ月一〇万円宛の婚姻費用分担金の支払を求める調停(本件の調停)を申立て、また同日申立人と同居している長女夏子も相手方に対し、一ヶ月金一〇万円宛の扶養料支払を求める調停を申立てた(当庁昭和五六年家第六五六一号事件の調停)。

申立人と夏子からの相手方に対する上記調停申立事件は、当庁において同期日に並行して進められたところ、相手方は昭和五一年二月から、昭和五五年二月までの間、別紙生活費支払一覧表のとおり四七回にわたり月額一三万円ないし五万円宛合計金五三〇万円を、申立人と長女夏子の生活費として申立人代理人宛任意送金し、申立人はこれを受領した。

6  一方、申立人と相手方間の離婚訴訟について、東京地方裁判所は昭和五四年三月一四日離婚を認容すると共に、相手方は申立人に対し慰藉料金四〇〇万円、財産分与金五〇〇万円、及びこれらに対する遅延損害金を支払え、戊田松子は申立人に対し慰藉料金一〇〇万円を支払えとの判決を言渡した。

この判決のうち相手方に対し慰藉料、財産分与の支払を命じた部分につき、申立人は控訴し、東京高等裁判所の審理の結果、昭和五六年一二月一七日口頭弁論が終結され、同裁判所は昭和五七年二月一六日慰藉料は原審どおり金四〇〇万円、財産分与額は原審認定よりさらに八〇〇万円増額変更して金一、三〇〇万円と定めて判決を言渡し、同判決は同年三月四日確定し、申立人と相手方は離婚した。

(二)  判決によって定められた財産分与

1  東京高等裁判所は前記判決によって財産分与を定めるに当り、財産分与は「夫婦が婚姻中に形成した財産を、離婚を契機として清算することを本来の目的とし、有責配偶者の相手方に対する慰藉、及び離婚後の生活扶助の趣旨も含まれるもの」であるとし乍ら、本件においては慰藉料が財産分与と別個に請求され、原審がこれを金四〇〇万円と認容したのを正当として認容したので、財産分与については、口頭弁論終結時における双方の資産をもとに、離婚後の生活扶助の点も考慮しつゝ一切の事情を斟酌して定めるものとした。そして財産分与額を原審が金五〇〇万円と定めたのを増額し、相手方は申立人に財産分与金一、三〇〇万円を支払うことを命ずる判決を言渡した。

2  東京高等裁判所は判決で上記財産分与額を決めるにあたり、(1)申立人が六一才(当時)で、離婚後生計を維持出来る収入の途はなく、十二指腸潰瘍、甲状腺機能低下症等で病弱の身で、資産はとくに無く、昭和五〇年一月二九日、家を出る際現金二〇〇万円を持出したほか、同五一年二月から昭和五五年二月まで、申立人と長女夏子の生活費として一ヶ月一二、三万円合計金五三〇万円の支払を受けたが、その後相手方からの生活費の支給は途絶えていたこと、(2)相手方が六八才(当時)の高令で病身であり、会社の代表取締役として事業経営の主体として業務に従事し、会社からの給料月額二七万円、家賃月額九万円(昭和五四年三月までは七万円)を得てその生活を維持しているが、会社は昭和五四年頃から欠損が続き、相手方は昭和五五年一一月分から給料や家賃とも支払を受けていないこと、(3)申立人と相手方が婚姻中形成した資産としては、相手方名義の相手方現住建物及びその借地権(価額合計金二六、九〇五、〇〇〇円)があり、(4)口頭弁論終結当時の相手方名義の預金額は普通預金八四七、二八六円、定期預金八六六、九〇三円であり、申立人が相手方と別居する直前の昭和四九年一二月末日当時の預金額は四七、〇〇九円に過ぎなかったから、残余預金は、申立人ら夫婦共同生活が事実上解消された後に形成されたものということができるとし、(5)相手方が昭和五三年三月九日満期受領した生命保険金一四万円は夫婦共有財産と認めた上以上一切の事情を斟酌勘案して、相手方は財産分与金一、三〇〇万円を申立人に支払うべきものと定めている。

3  本件調停事件は、その進行中、相手方が前認定のとおり昭和五五年二月までに合計金五三〇万円を支払ったが、一定金額支払いの合意は整わないまゝ、東京地方裁判所、東京高等裁判所における離婚訴訟の推移状況を見合い、申立人の希望により、調停手続は実質上その進行を見ないまゝ係属していた。

控訴審においても和解勧試があり、過去の婚姻費用の清算その他離婚について一切を解決する条件として、相手方が申立人に対し離婚給付総額一、六〇〇万円を支払うこととする案が呈示されたが、相手方所有建物(申立人により処分禁止仮処分中)の分与を望む申立人の受諾する案ではなく結局和解は整わなかったもようであり、本件婚姻費用分担調停も不成立となって審判に移行するに至ったものである。

4  相手方は昭和五七年三月四日の離婚判決確定後、翌四月中に、その所有建物に抵当権を設定して金一、六〇〇万円を姉やその夫及び甥にあたる甲山梅夫、梅子、乙田秋夫、及び丙海冬夫らから借受けた上、申立人に対し、判決によって支払を命じられた慰藉料金四〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年一月二八日以降支払日までの遅延損害金一二二万五、七五三円及び財産分与金一、三〇〇万円及びこれに対する判決確定の日の翌日以降支払までの遅延損害金五万円以上合計金一、八二七万五、七五三円の支払を了した。

以上のとおりの事実が認められる。

五  上記認定の事情からすると、東京高等裁判所が、昭和五七年二月一六日言渡した判決で、相手方が申立人に対し、離婚に際して分与すべき財産額を金一、三〇〇万円と定めるについては、夫婦共同財産の清算分配と離婚後の申立人の扶養を図るため、申立人の収入、就労能力、相手方の収入、過去の婚姻費用分担の態様等一切の事情を考慮して定められたものとみられる。

したがって、申立人はすでに支払を受けた財産分与金一、三〇〇万円、慰藉料金四〇〇万円、以上のほか遅延損害金との合計一、八二七万五、七五三円のほか別途に過去の未払婚姻費用分担金請求はこれを認め得ない。

六  ちなみに相手方の婚姻費用分担額を算定すると次のとおりである。

(一)(1)  昭和五〇年一月から昭和五一年一月まで一三ヶ月間(別居時から長女夏子と共に調停申立前)

申立人につき月額九万円相当 九万円×一三ヶ月=一、一七〇、〇〇〇円

(2)  昭和五一年二月から昭和五五年二月まで四九ヶ月間(本件調停開始後相手方が申立人と夏子の二人分を支払った期間)

申立人と夏子とで月額一三万円相当 一三万円×四九ヶ月=六、三七〇、〇〇〇円

(3)  昭和五五年三月から昭和五六年一二月一七日まで(相手方の婚姻費用支払停止後離婚訴訟口頭弁論終結時まで)二二ヶ月

申立人につき月額三八、〇〇〇円 三八、〇〇〇円×二二ヶ月=八三六、〇〇〇円

(4)  申立人が相手方との別居の際持出した現金 二〇〇万〇〇〇円

相手方が昭和五一年二月から昭和五五年二月まで相手方に送金した額 金五三〇万〇〇〇円

以上七三〇万〇〇〇円

上記(1)ないし(4)の差引額合計額

(1)一、一七〇、〇〇〇円+(2)六、三七〇、〇〇〇円+(3)八三六、〇〇〇円-七、三〇〇、〇〇〇円=一、〇七六、〇〇〇円

したがって財産分与額一、三〇〇万円を決定されるに際し一切の事情として考慮された事由のうち過去の婚姻費用未払清算額は金一、〇七六、〇〇〇円とみられる。

(二)(1)  申立人は昭和五〇年一月相手方と別居するに際し金二〇〇万円を持って出ている(相手方は申立人が、別居前の相手方、申立人の総収入、申立人の家計管理担当と、その年月からして申立人は一、〇〇〇万円以上の預貯金を持って別居したと推測主張するけれども、この事実を認め得る資料はない。もっとも、申立人が別居後昭和五〇年一〇月相手方所有建物につき処分禁止の仮処分を申請しその決定を受けるに際し申立人は保証金五〇万円の担保供与決定を受け、これを石川島、飯野海運、東京競馬等の株券により担保提供したもようであることが調停の経過から窺知されるところではあるが、明らかに認定するには足りない)。

(2)  申立人は相手方と同居中は会社監査役として月額一〇万円の給料があり、相手方の月額二七万円の給料、家賃七万円を受領して家計管理に当っていたが、別居後は無職無収入でアパートを借りて生活している。

(3)  相手方は会社役員として月額二七万円の給料、家賃九万円(昭和五四年三月以前は七万円)を得て、申立人が別居した後は現在まで単身でその所有建物に居住している。

(4)  家庭裁判所調査官の調査結果によれば相手方の昭和五三年度の総所得額年額四、四四〇、〇〇〇円(月三七万円)で諸公租公課、各種保険料等必要経費合計金一、五二六、三二八円を控除した純所得額は年額二、九一三、六七二円(月額二四二、八〇六円)となる。

(ⅰ) この純取得額につきいわゆる労研方式により申立人と相手方の生活費相当額を算出すると、総合消費単位は申立人六五、相手方一一〇であるから次のとおりとなる。

(イ) 申立人の年間生活費 一、〇八二、二二一円(月額九〇、一八五円)

(ロ) 相手方の年間生活費 一、八三一、四五〇円(月額一五二、六二〇円)

(ⅱ) また、生活保護基準を参考にした標準生計(家計)費を算出すると、次のとおりである。(昭和五四年時)

(イ) 申立人が単身生活の場合 〔第一類(二〇、五八〇)+第二類(一七、二三〇)〕×二=七五、六二〇円

(ロ) 申立人と長女夏子との生活の場合 〔第一類(二〇、五八〇+二一、八五〇)+第二類(一九、六四〇)〕×二=一二四、一四〇円

(ハ) 相手方が単身生活する場合 〔第一類(二五、二一〇)+第二類(一七、二三〇)〕×二=八四、八八〇円

(ⅲ) 当事者提出資料による家計費算出額(昭和五四年当時)

(イ) 申立人と夏子の共同生活による家計費合計 一一〇、九〇〇円

家賃、保険、年金等掛金等必要経費 二八、〇〇〇円

以上合計 一三八、九〇〇円

(ロ) 相手方の家計費 合計八八、四五〇円

地代、各公租公課、保険料年金掛金等 一二七、一九四円

以上合計 二一五、六四四円

(5)  以上の各単位を較量すると、

イ 申立人が相手方と別居後相手方が任意に生活費を送金するに至る前月までの昭和五〇年一月から昭和五一年一月までの間の一三ヶ月は前記(ⅰ)の(イ)により月額九万円

ロ 相手方が本件調停事件係属後申立人に任意に支払った昭和五一年二月から昭和五五年二月までの四九ヶ月間は前記(ⅱ)の(ロ)、(ⅲ)の(イ)を較量して月額一三万円

ハ 昭和五五年三月以降は相手方の会社からの支払遅延により離婚訴訟口頭弁論終結時の昭和五六年一二月までの二二ヶ月間で給料分二、七〇〇、〇〇〇円、家賃分九〇〇、〇〇〇円(昭和五五年一二月分が昭和五六年一一月未支払)合計三、六〇〇、〇〇〇円、これから公租公課諸掛金必要経費支払分八九一、四〇五円を差引いた二、七〇八、五九五円(昭和五六年一二月までの二二ヶ月分月額一二三、一一七円となる)が生活費に充て得る純所得であり、相手方の所要生活費は前記(ⅱ)の(ハ)の最低生活費によれば月額八四、八八〇円で、申立人の単身最低生活費は前記(ⅱ)の(イ)により月額七五、六二〇円を要するが、相手方にその最低生活費を切りつめさせて、別居生活体にある申立人への生活保持、援助を期待することは出来ないから、純所得額二、七〇八、五九五円(月額一二三、一一七円)から上記相手方の必要生活費(月額八四、八八〇円×二二ヶ月=一、八六七、三六〇円)を差引いた残額をもって相手方が上記期間中、申立人の生活費中分担すべき額とみるのを相当とする。

二、七〇八、五九五円-一、八六七、三六〇円=八四一、二三五円

(月額三八、〇〇〇円)(一、〇〇〇円未満切捨)

以上イ、ロ、ハを合計すると、

イにつき月額九万円×一三ヶ月=一、一七〇、〇〇〇円

ロにつき月額一三万円×四九ヶ月=六、三七〇、〇〇〇円

ハにつき月額三万八、〇〇〇円×二二ヶ月=八三六、〇〇〇円

以上合計八、三七六、〇〇〇円

(6)  申立人が相手方の許を出るとき持出した金二〇〇万円と相手方が昭和五一年二月から昭和五五年二月まで申立人に送金した合計金五三〇万円との総計七三〇万円を前記相手方が申立人に婚姻費用として分担すべき合計額八、三七六、〇〇〇円から差引くと八、三七六、〇〇〇円-七、三〇〇、〇〇〇円=一、〇七六、〇〇〇円となり、この金一、〇七六、〇〇〇円が財産分与の額を決めるに際し考慮された未払婚姻費用分担金とみられる。

但し、ロについて計上した月額一三万円につき申立人単身生活所要費のみを婚姻費用として分担すべきものと考えるべきものとすればイと同様月額九万円を相当とすべく一三万円-九万円=四万円は長女夏子の生活費の援助支出(同人は成人であり要扶養状態につき問題はあり)とみるときを別として申立人への支払い分とすれば四万円×四九ヶ月=一、九六〇、〇〇〇円がすでに支払ずみとなるから前記未払分担金一、〇七六、〇〇〇円も生じないことになる。

七  以上のとおり申立人の相手方に対する過去の未払婚姻費用は、離婚裁判の際に定められた相手方の申立人に対する財産分与において清算されて消滅し、申立人は相手方に分担を請求することは出来ないものと認めるのを相当とする。

よって、本件申立は却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 鎌田千恵子)

〈以下省略〉

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